私はなぜ、灼熱の夏に、ひんやりしたざる蕎麦ではなく熱々の山菜そばを啜るのか。
それは単なる嗜好ではない。
――呼ばれているのだ。山に。
あの椀に漂うワラビ、ゼンマイ、なめこ。
それらはただの食材ではなく、深山幽谷で静かに育まれた“山の記憶”だ。
標高千メートルの清流で揺れる山菜は、夜な夜な月明かりを浴び、星々の囁きを聞いて育つ。
それを一口すすった瞬間、舌は単なる味覚を超え、魂は山の懐へと誘われる…。
そう、山菜そばとは――
山の精霊たちが、麺と出汁に姿を変えて現れた神秘の儀式。
暑さ？関係ない。
私が啜っているのは、ただのそばではない。
私は今、山とひとつになっている。
