“安くなります”と言われた日、花むらの値段を守ろうと思った

最近、やたら怪しい営業が増えている。

「電話料金が安くなります」
「電気料金が安くなります」

安くなります。安くなります。安くなります。
――“お安くなります”

便利な言葉だ。

誰だって、安い方がいいに決まっている。

しかし最近、この「お安くなります」という言葉に、
少々嫌気がさしてきた。

そして今日も、またかかってきた。

(お安くなります)

一応対応して、
「すいません、あとでもう一度かけなおしてもらえますか?」
と一旦切った。

その道に詳しい人に聞いてみた。

すると、ひと言。

「それ、怪しいから相手にするな」

しばらくして、再び電話が鳴る。

僕は短く言った。

「やっぱりうちでは結構です」

その瞬間――

ガチャン。

呆然……

見事なくらいの速さで、電話が切れた。

ああ、やはりな。

と思った。

本当に相手のためを思っているなら、
あんな切り方はしない。

本当にいい話なら、
あんな雑な届け方はしない。

“お安くなる”という言葉の裏には、
見えない何かがある。

人を引きつける、
魔法のような言葉だからこそ。

花むらでも、よく考える。

「もっと安くできないか?」

もちろん考える。

でも、そのたびに思う。

この煮物は、朝から大鍋で何時間もかけて炊いている。
手で味を見て、火を見て、仕上げている。

この一つ一つに、
時間と、従業員の手と、気持ちが乗っている。

それを削ってまで
“お安くする”ことに意味があるのか。

あの電話の「ガチャン」という音を思い出すたびに、思う。

安さだけを追いかけた先にあるのは、
あの音じゃないのかと。

だから改めて、思った。

花むらの値段は、守ろう。

安さだけじゃなく、
ちゃんと理由のある値段を。

安いだけのものより、
安心して食べられるものを。

明日もまた、電話は鳴るかもしれない。

でももう、迷わない。

「うちは結構です」

その代わりに、

「花むらは、ちゃんと作ってます」

そう胸を張って言える仕事を、
続けていこうと思う。