奥さんが、なにやら誇らしげに紙袋を差し出してきた。
ミスタードーナツ。
……嫌な予感がする。
「ミスドとゴディバのコラボらしいで」
は?
ミスド × ゴディバ?
それってもう、
悪魔合体やん!?
庶民の味方ミスドと、
チョコ界の貴族ゴディバ。
甘いと甘いが手を組んだら、
そら人間ひとりくらい簡単に堕とせる。
箱を開けた瞬間、確信した。
これはドーナツの顔をした凶器や。
色がもう真剣。
粉砂糖の量も覚悟が決まってる。
「軽くどうぞ」なんて一切言ってこない。
ここで問題がある。
私、
現在ゆるめの糖質オフ生活中。
健康診断の数値という名の
冷酷な現実を一度見てしまった人間は、
甘いものと真正面から向き合えない。
理性が言う。
「やめとけ」
「今日は我慢や」
「水でも飲んどけ」
欲望が言う。
「一口だけ」
「人生一回」
「昨日ちょっと歩いたやろ」
脳内で、
史上最大規模の会議が始まる。
……で。
食べてしまった。
ああ。
やってもうた。
うまい。
うますぎる。
ドーナツの皮をかぶった
完全武装のチョコレートや。
噛むたびに、
「血糖値」
「HbA1c」
「次の健康診断」
という単語が頭をよぎる。
幸せと後悔が、
口の中で同時に広がる。
これが、
糖質オフの身の辛さである。
若い頃なら
「うまい!もう一個!」
で済んだ話が、
今は
「うまい……が……」
になる。
人生は、
経験値が増えるほど
ドーナツが重くなる仕様らしい。
それでも思う。
全部我慢する人生より、
たまに震えながら食べる一口のほうが、
人間らしいんちゃうやろか。
なお、
残りは潔く奥さんに託した。
自分で買ってきた悪魔を、
最後まで背負う勇気は、
まだ私にはなかった。


