夏休みが、もうすぐ終わろうとしています。
もちろん、今の私には夏休みなんてものはありません。
むしろ夏は、お盆だ、暑さ対策だ、食中毒対策だと、弁当屋にとってはなかなか忙しい季節です。
それでもこの時期になると、どういうわけか毎年、少しだけ少年時代を思い出します。
朝から蝉が鳴いていて。
昼までゴロゴロして。
友達と遊びに行って。
冷たい麦茶を飲んで。
「宿題やったの?」
と聞かれても、
「あとでやる」
と答える。
そして8月の終わりになって、その「あとで」がまとめて襲ってくる。
ああ。
夏休みって、よかったなあ。
一か月以上も休めるなんて、今となっては夢のようです。
そんなことを考えていて、ふと、ある言葉を思い出しました。
アメリカの演劇評論家、ブルックス・アトキンソンという人がいます。
彼は1951年に、
「古き良き時代というものは、いつの時代にも神話だった」
という趣旨の言葉を残しています。
つまり、その時代を生きている真っ最中の人たちは、別に
「いやあ、なんて素晴らしい時代なんだ」
と思いながら暮らしていたわけではない。
その時代にはその時代の苦労があり、
「最近は大変だ」
「これからどうなるんだ」
と思いながら生きていた。
それが何十年か経つと、不思議なもので、嫌だったことは少しずつ薄れて、楽しかった記憶のほうが残っていく。
なるほど。
まさしく今、夏休みを懐かしんでいた現在の私のことである。
子どもの頃だって、毎日楽しかったわけではありません。
学校に行きたくない日もあった。
テストもあった。
先生に怒られたこともあった。
そして夏休みの最後には、手つかずの宿題という、この世の終わりのような現実が待っていました。
それなのに何十年か経つと、
蝉の声と青い空と麦茶だけが残って、
「あの頃はよかったなあ」
となる。
人間の記憶というのは、なかなか都合よくできています。
そして最近。
長年、弁当屋をやっている私も、まったく同じことを考えていました。
仕入れ価格を見ながら、
「数年前はよかったなあ……」
と。
今年の夏も終わろうとしていますので、少し食材の値段のご報告を。
まず、お米。
一年前と比べると、仕入れ価格はずいぶん安くなりました。
これは本当にありがたい。
鶏肉も、今年の初め頃には目を疑うほど高騰していました。
「鶏肉って、こんな高級食材だったっけ?」
と思ったほどですが、今はかなり落ち着いてきました。
ところが。
豚肉。
牛肉。
その他の食材。
そして容器。
こちらは、まだまだ上がり続けています。
特に最近の容器代。
上がり幅が、なかなかエグい。
弁当屋ですから、当然ながら弁当を入れる容器が必要です。
しかし、このまま上がり続けたら、
そのうち容器代が食材代を食ってしまうんじゃないか。
そんな冗談を言いたくなるくらいです。
いや。
だんだん冗談でもなくなってきました。
お米が下がった。
よし。
鶏肉も落ち着いた。
よしよし。
と思っている横から、
豚肉が上がる。
牛肉が上がる。
容器も上がる。
一つ叩いたと思ったら、別のところから二つ出てくる。
商売版モグラ叩きです。
そんな仕入れ表を眺めていると、
やっぱり思うんです。
「昔は穏やかだったなあ」
と。
数年前は、こんなに頻繁に値上げの案内を見ていなかったような気がします。
「あの頃はよかったなあ」
長年この仕事をしていると、ついついそんなことを思います。
でも。
ここでブルックス・アトキンソンの言葉に戻ります。
では、その私が懐かしんでいる「数年前」。
飲食店はみんな大儲けしていたのでしょうか。
……そんなことはありません。
弁当の販売価格そのものも、今より安かった。
人も今よりたくさん配置していました。
今ほど原価や生産性を細かく見ていなかった部分もあります。
そして何より。
その頃の私はその頃の私で、
「いやあ、最近は商売が厳しいなあ」
と言っていたはずです。
たぶん間違いありません。
少年時代も。
数年前の商売も。
少し似ているのかもしれません。
過ぎ去った夏は、いつも少しだけ美しく見える。
そして今という時代も、
何年か先には、
「あの2026年頃はよかったなあ」
なんて言っているのかもしれません。
……それはそれで、かなり怖いですが(笑)
商売というものは、いつの時代も何かがあります。
材料が高くなれば、その中で何ができるかを考える。
売れなければ、売れるものを考える。
一つ問題が解決したら、また次の問題がやってくる。
70年以上続いてきた弁当屋です。
きっと先代たちも、
「あの頃はよかった」
と言いながら、その時代その時代を乗り越えてきたのでしょう。
夏が終わります。
食材価格のほうは、残念ながら夏と一緒に静かに去ってくれそうにはありません。
それでも、
お米は少し安くなった。
鶏肉も落ち着いた。
だったら、その分で何ができるだろう。
秋には何を作ろう。
「昔はよかった」と懐かしむのも、たまにはいい。
でも商売をしている以上、
やっぱり大切なのは、
「さて、これからどうしようか」
なのだと思います。
