秋の匂いに、時間を見る

ここ数日、秋らしい商品を考えています。

栗。
鮭。
きのこ。
炊き込みご飯。

そんな言葉を並べながら、ふと笑ってしまいました。

「あれ。ちょっと前まで、冷やしうどんを使った商品をどうしようかって悩んでたよな」

ついこの前まで、
暑い暑いと言いながら、
冷たいものばかり考えていた気がします。

それなのに、もう秋の商品を考えている。

時が経つのは早い。

よく聞く言葉ですが、
こういう瞬間に、不意にその意味を実感します。

そして時々、
その早さが少し怖くなります。

人間が失ってしまったら、
決して取り戻せないもの。

それが時間です。

お金なら、
また稼ぐことができるかもしれない。

物なら、
同じものを買い直せることもある。

失敗だって、
やり直せるものはたくさんあります。

でも時間だけは、
どうやっても戻ってきません。

昨日の一時間は、
もう二度と手元には戻らない。

それなのに時間というものは、
目に見えません。

手で触れることもできない。

減っていく音もしない。

だから私たちは、
つい浪費してしまうのかもしれません。

「また今度でええか」

「そのうちやろう」

「時間ができたら」

そう言っているうちに、
気づけば季節がひとつ進んでいる。

夏の青々とした木の葉が、
少しずつ赤や黄色に変わっていく。

夕方の空が、
少し早く暗くなる。

風の匂いが変わる。

虫の声が変わる。

空の高さまで、
どこか違って見えてくる。

考えてみれば、

四季というものは、
目に見えない時間を、
私たちに見せてくれているのかもしれません。

「時間は進んでいますよ」

「今年もここまで来ましたよ」

と、

木の葉や風や空を使って、
静かに教えてくれている。

そう考えると、

四季の移り変わりというのは、
神様が人間に与えた、

“時間を見るための時計”

なのかもしれません。

春に咲いた花が散り、

夏の緑が濃くなり、

やがて葉が赤く染まり、

冬には枝だけになる。

そしてまた春が来る。

毎年同じように繰り返しているようで、

私たち自身は、
去年と同じ場所にはいません。

一歳、年を重ねている。

出会った人がいる。

別れた人もいる。

できるようになったこともあれば、
できなくなったこともある。

時間は、
音も立てずに私たちを運んでいきます。

だからこそ、

秋の匂いを感じた時くらいは、
少し立ち止まってもいいのかもしれません。

今年、自分は何をしてきただろう。

誰と笑っただろう。

何を大切にできただろう。

そして、

残りの時間を、
何に使いたいだろう。

そんなことを考えながら、

今年も秋の商品を考えています。

ついこの前まで、

「冷やしうどん、どうしよ……」

なんて言っていたのに(笑)

秋の匂いが漂い始めた街を見ながら、感じます。

時間は、
今日も静かに進んでいます。